鵜の瀬

2019.03.03
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 「鵜の瀬(うのせ)」は若狭湾に注ぐ北川の支流である遠敷川(おにゅうがわ)上流の瀬で、福井県小浜市下根来(しもねごり)にある。若狭地方に春を告げる伝統行事「お水送り」が行われる場所である。

 毎年3月2日夜に、若狭神宮寺境内で大護摩法要があり、大護摩の火を移した松明(たいまつ)を持った一行が、1.8キロメートルほど上流の「鵜の瀬」まで行列し、神宮寺にある井戸から汲み上げられた「お香水」が「鵜の瀬」に注がれる。注がれた「お香水」は遠敷川を通じ、奈良・東大寺の二月堂の「若狭井」に届くとされる。奈良大和路に春を告げる伝統行事である東大寺二月堂の「お水取り」は送られた「お香水」を「若狭井」から汲み上げ本尊にお供えする儀式である。

 東大寺では大仏開眼の2か月前から祈りの行法「修二会(しゅにえ)」を行い、日本中の神々を勧進したが、若狭の遠敷明神だけが漁に夢中になって遅れ、そのお詫びとして、二月堂のご本尊にお供えする「閼伽(あか)水」を献じる約束をして地面を割ると、白と黒の鵜が飛び出し、穴から清水が湧き出した。遠敷明神が「鵜の瀬」より地下を潜って水を「若狭井」まで導いたと言うのが「お水送り」「お水取り」の儀式の謂れである。「お水取り」は10日後の3月12日に執り行われる。

 大仏建立の際の金メッキが、水銀と金のアマルガム合金を塗布した後に加熱して水銀を蒸散させる工法であったため、多くの人が水銀蒸気を吸引し水銀中毒となったこと、東大寺の土地も水銀汚染となったことから、豊かな清水の「鵜の瀬」の時空をまるごと勧請して浄化しようとしたのではないかと言う説がある。

 土壌地下水汚染が元かとか、地下水脈が続いているわけもなく、続いていたとして10日で届くわけ無いなどと、思うことはナンセンスである。何しろ双方1200年以上続く伝統の行事である。

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