大滝ダム

2018.10.01
20181001-%e5%a4%a7%e6%bb%9d%e3%83%80%e3%83%a0

 台風(24号)一過、天候も回復したので、吉野川の流況を見に大滝ダムを見学に訪れた。吉野川は高知県、徳島県を流れる四国三郎が有名であるが、こちらは奈良県の吉野川で、和歌山県に入ると紀の川になる、一級河川紀の川水系吉野川である。奈良県と三重県の県境に跨がり有数な多雨地帯として知られている大台ヶ原を源流とし、紀伊山地を北西へと流れ、高見川と合流後西へと曲がり、中央構造線の南側に沿って、和歌山市で紀伊水道に注いでいる。

 大滝ダムは1959年の伊勢湾台風が紀の川流域を襲い、壊滅的な被害を与えたことにより、洪水対策を主な目的に建設計画が1962年に発表された。地元の反対もあり、ダム本体の完成が2002年、2012年の共用開始まで長期間に渡った。「東の八ッ場ダム、西の大滝ダム」と言われるほど、長期の紛争となったが、訪れた時は、放流を増やして水位を下げ、台風襲来に備えてデンと構えている風である。

 紀伊半島は、多雨地帯であるが、急峻な地形であることから、紀の川、熊野川など、どの河川も流況係数(最大流量と最低流量の比)が大きく、流域では渇水と洪水を頻繁に起こしている。戦後の河川総合開発により、灌漑と水力発電、洪水対策として多くのダムや堰が全国各地で作られてきた。江戸時代から、紀の川の水を奈良盆地へ引くという構想も、熊野川の上流から紀の川の支流である大和丹生川へ送水することと合わせて、吉野川分水として完成している。 水稲が中心の日本にあっては、水利権は死活問題である。 因みに、奈良盆地の南側の自治体ほど、水道の原水に占める吉野川分水の割合は高く、料金も高くなっている。命の水は大事に使わなければならない。

ページトップ