永平寺

2021.07.16
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 福井県の永平寺を久し振りに訪れた。九頭竜川の支流である永平寺川沿いを遡り、土産物屋が建ち並ぶ門前を抜けると境内の入り口である。龍門から入ると、そこは鬱蒼とした杉の木々に囲まれた静寂な佇まいの修行の霊域である。1244年、道元禅師に開創された永平寺は出家参禅の道場であり曹洞宗の大本山である。かつては、深山幽谷の世界であり、訪れるだけでも苦行であったと思われるが、今は、北陸自動車道の福井北JCTから中部縦貫自動車道に入り、永平寺参道ICで下りて直ぐである。

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 通用門から順路に沿って境内の建物を見学する。先ず、1階が参拝者の控室となっている傘松閣(さんしょうかく)に入り、二階の156畳敷きの「絵天井の間」では、昭和初期の著名な画家144名による230枚の色彩画が天井に飾られている。見上げて観賞するが首が痛くなり、写真に収め、後でパソコンにて鑑賞することにする。次に、僧侶が修行をする清浄な場所である伽藍(がらん)の見学へと階段を上る。

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 禅宗寺院では、特に主要な伽藍として、法堂(はっとう)、仏殿、僧堂、庫院(くいん:台所)、山門、東司(とうす:お手洗い)、浴室を指して「七堂伽藍」(しちどうがらん)と呼ぶそうである。山腹に広がる境内に大小の殿堂楼閣が段上に建ち並んでおり、山門から中雀門(ちゅうじゃくもん)、仏殿、法堂を四段一列に並べ、僧堂、大庫院、東司、浴室などと廻廊で結び、段差間は階段廊下となっている。雪深い地なので、廻廊は全て屋根、壁がある構造である。19棟が令和元年に重要文化財に指定されている。

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 永平寺では、多くの修行僧が、日夜厳しい修行に励んでいる。僧堂での座禅、食事、就寝、法堂での朝のおつとめ(読経)である朝課(ちょうか)、行鉢(ぎょうはつ:食事)、作務(さむ:掃除など)、東司でのお手洗い、浴室での沐浴(ゆあみ)など、一日の日常生活そのままが修行とのことである。食事の際に打ち鳴らされる大きな魚鼓(ぎょく)や、大庫院での4mもあるすりこぎ棒、毎日雑巾がけが行われピカピカの廻廊、塵一つない庭などを見るにつけ、また、毎朝3時半に振鈴(しんれい)の音で起床するとのことを聞き、修行の厳しさと修行僧のひたむきさを感じる。

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 七堂伽藍の最後に永平寺最古の建物である山門を見る。両側には四天王が祀られている。修行僧である雲水がこの山門を通れるのは二度だけであり、入門する時と修行を終えて永平寺を出る時だけとのこと。すれ違う修行僧の背筋を伸ばした姿勢、静かな呼吸、礼儀正しい振る舞いは、覚悟して修行に励んでいる証と感じる。永平寺境内の数百年の樹齢の杉の木は、真っ直ぐ天空に伸びて、道元の教えを実践しているか見守ってきたのであろうか。清浄な空気を大きく吸って永平寺を後にする。

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