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奈良の大仏さん

2020.07.24
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    久しぶりに「奈良の大仏さん」を梅雨の合間に訪れた。南大門へ続く参道周辺には、観光客に煎餅をねだりに鹿が多数寄ってきている。外人客がいない分だけ賑わいは少ないが、いつもの風景に多少戻ってきている。今年生まれた鹿の子模様のバンビも奈良公園に放たれ、何とも愛らしい。ニュースによると、観光客の激減で鹿も煎餅を食べる量が減り、草を食べることが多くなり、健康的になっているとのことである。煎餅をねだる鹿には新型コロナウイルスは感染しないのであろうかと心配になる。

    中門横の回廊から、参拝客間の距離を取り、手にスプレー除菌して中へ入る。緊急事態宣言中は大仏殿(金堂)の扉は閉ざされ、扉の上の窓から大仏(盧遮那仏)様のお顔を拝見するだけであったが、解除となり中に入ることが出来るようになった。座高が約15mもある威厳を感じさせる大仏のお姿は相変わらず堂々としている。南東の大柱にある、大仏の鼻の穴と同じ大きさの「穴くぐり」は、木枠で囲われて見ることも出来ないようになっていた。

    奈良には「奈良の大仏さん」と言うわらべ歌があり、「奈良の 奈良の 大仏さんは 天火(てんび)に焼けて ありゃ ドンドンドン こりゃ ドンドンドン 正面どなた 後ろに誰がいる ・・」と「かごめかごめ」と同じように輪になって歌う遊びである。天火とは、落雷による火災のことで、元歌と思われる「京の大仏さん」の歌詞の名残と考えられている。京都方広寺の大仏は、江戸時代に地震で壊れて木造で再建され、1798年に大仏殿に落雷し、大仏も焼けてしまっている。東大寺も2度の兵火で大仏殿を焼失しているが、大仏様への帰依の力で再建されている。

   東大寺は、当時大流行した天然痘を治めることを一つの目的として、聖武天皇の発願により創建されている。創建時の大仏は金メッキされていたそうであるが、鍍金作業は大仏殿完成後5年の歳月を要したという。金を水銀で溶かしアマルガム(銀色の液体)を大仏に塗り、炭火で焙り、水銀を蒸気にして金だけ残す方法で行われた。屋内での密の環境のため、多くの水銀中毒者が出たそうである。金ぴかの大仏様は見たことがないが、現在の大仏様のお姿は、「メッキがはがれても」むしろ威厳が増しているように思う。コロナ禍が収まりますように、大仏様にお祈りしてきた。

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